北欧家具とコーア・クリント

北欧のスカンジナビア地域にある、デンマーク王国は、北欧デザインの元となる国でもあります。

デンマークには、コーア・クリントと言う、北欧家具デザイナーがいましたが、彼の功績は、北欧家具の分野に人間工学を持ち込んだ人物であり、歴史的な北欧家具デザインを作り変え、シンプルでありながらも美しい、北欧家具デザインを広めた人物であります。

クリントは、1888年に、デンマークのフレドリクスベーリと言う村で生まれ、1920年には、自らの会社を設立して、他の家具職人に、自らのデザインを提供して、現代でも有名な、デッキチェアやサファリチェアの様な、軽さと機能を搭載した、北欧モダニズムを前面に押し出した北欧家具をデザインしました。

そして、クリントの父は建築家であり、ランプ会社を経営していたのですが、その会社のランプもデザインして、名前の通りにフルーツの様な形をしている、フルーツランプを発表しました。

クリントは、北欧家具だけに留まらず、建築も設計しており、1940年に完成した、グリュンドヴィグ教会は、建築設計だけではなく、内装の家具なども設計したと言います。

デンマーク王立美術学院にはクリントが設立した、家具デザイン科があり、後世の家具デザイナーに多大な影響を残したと言います。

ブルーノ・マッソンの椅子

ブルーノ・マッソンとは、北欧地区、スウェーデンのヴェルナと言う町に生まれ、幼いころから、北欧家具職人である、父親の仕事を手伝いながら育ちました。

マッソンの家系は父親だけではなく、マッソンも含めると、5代も続いている北欧家具職人の家系であり、そのせいもあり、機能主義的モダニズムを掲げ、1930年に行われた、ストックホルム国際展示会の影響を受け、グレースホッペンと言う椅子を発表するも、評価は低く、酷評を受けてしまいました。

しかし、それをバネとして、父親が経営している家具会社のデザイナーとして働き、経験をつんでいき、ペニーラやエヴァと言った、評価の高い椅子を発表してきました。

そして、1937年のパリ博覧会にも展示され、マッソンは世界的な人気を得る程なデザイナーになりました。

マッソンの椅子に付けられている名前は、全て女性の名前をイメージして付けられており、座る際の快適さと共に、椅子のもつラインの美しさは類を見ないものとなっていて、スウェーデンを代表する北欧家具職人と言っても遜色はないでしょう。