スウェーデン建築の父
北欧家具でも知られる、北欧地方のスウェーデンは、建築デザイナーとして著名な、エリック・グンナー・アスプルンドを輩出した国でもあります。
彼は、スウェーデン建築の父と呼ばれる人物であり、1885年に、北欧地方、スウェーデンの首都ストックホルムで生まれ、1905年に、王立美術大学に入学し、美術大学を卒業後は、独立し建築デザイナーとして活躍を始めました。
そして、アスプルンドは、1923年に、ストックホルム市役所を手掛け、同年に、スカンディア映画館の内装デザインも行い、1927年には、ストックホルム私立図書館も手掛けています。
さらに、1930年には、北欧家具などを展示する、ストックホルム国際展示会では建築主任を務めて、ガラスとスチールで構成されたパヴィリオンを設計した事で、世界的に名前が知られる様になりました。
この建築は、スウェーデンでは初めてのインターナショナル建築であり、それ以降のアスプルンドの作品は、スタイルが変わったと言われるほど強烈なものでした。
そして、彼の生涯をかけた作品の、「森の火葬場」と言う計画は、1914年から、1940年までの26年もの歳月をかけたものであり、完成した後、彼は満足した様にその年で没し、自らの設計した「森の火葬場」で眠っているそうです。
ヘルシンキ中央駅
北欧地方のフィンランド王国では、北欧家具だけではなく建築でも有名で、エリエル・サーリネンと言う建築家を輩出した国でもあります。
サーリネンは、1873年に、フィンランドの田舎町である、ランタサルミと言う町で生まれ、ヘルシンキ大学、ヘルシンキポリテクニックの学校を経由して、建築学や、デザインを学びました。
そして、1986年から、友人のヘーマン・ゲセリウスと建築設計の会社を興し、1900年のパリ万国博覧会で、北欧家具などを並べる、フィンランドパビリオンの設計や、1912年には、フィンランドの国立博物館も設計しています。
さらに、1909年には、サーリネンの代名詞とも言える、ヘルシンキ中央駅が完成し、1919年に、駅として開設されました。
1922年には、シカゴのコンペで入賞し、1923年には、家族とアメリカに移住したのです。
その後、アメリカでも成功を収め、1932年にクランブルック・アカデミー・オブ・アートの学長に就任し、多くのデザイナーを世に送り出したと言います。
ちなみに、サーリネンの息子のエエロ・サーリネンもデザイナーです。